三国志14攻略プレイ日記その22 「221年夷陵の戦い」その5
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ごきげんよう、フェンリルです。

前回は鄴と南皮を陥落させ、長安で司馬師が独立したところまででしたね。

今回のパートで河北制圧まではいきたいところ。

それではどうぞ!

225年11月上旬、張遼捕縛し、戦わずして長安を得る

南皮では孤立していた張遼を撃破し、長安の司馬師軍はこちらの降伏勧告に屈しました。

戦わずして長安を手に入れられたのは大きいです。

225年12月中旬、長安に徐晃襲来

長安に徐晃2万が来襲してきました。

まあ、迎撃部隊はすでに出撃しているので、サクッと迎撃したいところです。

できれば徐晃を捕縛したいですね……

226年1月上旬、徐晃撃退し、薊陥落させる

徐晃を混乱させ、その隙に撃破に成功しました。

そして薊では特に特筆すべきことなく、陥落させることに成功。

河北制圧は順調に推移しています。

226年1月下旬、北平陥落

北平も陥落。

さしたる抵抗もありませんでしたね。

これで河北はあと2都市。

曹魏もいよいよ追い詰められてきた感があります。

この調子でいきたいところですね。

226年3月上旬、士燮軍の君主、士燮が死亡する

交州の支配者・士燮軍。

その君主である士燮が死亡しました。

黄巾の乱から交州を支配してきた士燮。

彼の寿命はこの辺に設定されてるんですね。

226年5月上旬、曹魏の首都、洛陽を陥落させる

とうとうやりました。

曹魏の首都である洛陽を陥落させたのです。

虎牢関を抜くのに多少手間取りましたが、それ以降は楽なものでした。

洛陽には2万の兵がいたのですが、全く迎撃に出てこなかったのが不可解ですが……

こっちの兵数が4万ほどいたので、ソレのせいかもしれませんね。

226年6月中旬、晋陽陥落し、夏侯玄、安定で独立する

并州の晋陽を陥落させ、また、駆虎呑狼の計により夏侯玄が安定で独立しました。

これにより曹魏の国力の衰退は著しく、もはや滅亡を待つのみとなりました。

あとはどう滅亡させるか、ですね。

226年7月上旬、夏侯玄、戦わずして膝を屈し、公を自称する

夏侯玄は戦わずして膝を屈しました。

あっさりと降伏勧告を受諾。

安定を支配下に置きました。

そして公を自称。

順調に推移していると言えますね。

226年8月上旬、曹魏滅亡し、王を自称する

残り3都市というところで、曹魏が降伏勧告を受諾、滅亡しました。

そして、王を自称。

これで最初の目標の曹魏の滅亡は成し遂げました。

あとは正直消化試合なので、これからどうするかは考え中です。

新しくシナリオを始めるのもいいですね!

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